アクティベータ・メソッドの誕生秘話その1

こんばんは、けんこうカイロ 岩崎です。今日は、けんこうカイロプラクティックセンターで使用しているアクティベータ・メソッドについての、物語をアップします。
アメリカ合衆国ミネソタ州の田舎町
1940年代、まだ舗装されていない道をトラクターがゆっくりと走る時代だった。
若き日の Warren C. Lee は、そんな農村で育った。
彼は、人の身体を「ただ骨を動かすだけのもの」とは思っていなかった。
身体には、もっと深い“法則”がある。
重力。
姿勢。
神経。
そして、人間が本来持っている回復する力。
彼はミネアポリスのカイロプラクティック大学へ進み、当時最先端だった「Logan Basic Technique」を学んだ。
その技術は、脊柱を一本の木のように見る考え方だった。
枝葉だけを見るのではない。
根元の傾きが、全体を変える。
そんな思想だった。
卒業後、Leeはミネソタ州レッドウッドフォールズという小さな町で開業した。
畑と牧草地に囲まれた静かな町だった。
アクティベータ・メソッド共同創始者Dr.Arlan Fuhrのお母さんは、頭痛持ちでカイロプラクティックに通っていた
13歳のArlan Fuhrは、慢性咽頭炎に悩んでいた
お母さんは、息子のFuhrを、Dr. Leeの診療所連れて行った。
初めて来た時、自分のX線写真に
「傾塔のような脊柱」
が写っていたことをはっきり覚えているという。
11ヶ所のサブラクセーションをカイロプラクティックの施術で治してから、喉の痛みは回復した